今回は二週間後に迫った帰省について三郎が父母に宛てた便り2通。
29日(土曜日)に父母宛にざっくりとした手紙を出し、翌30日(日曜日)に母千代子宛に詳細を記した手紙を出している。
まずは7月29日の葉書から
解読結果は以下の通り。
***********************
前略
期末試験も二十六日に終了し遊泳演
習等ノ準備をして居ます。
お見通りするのも近附いて来ました
ので張切ってゐます
ではお知らせ迄
休暇にはよろしくお願い致します
三十日には外出します
***********************
続いて7月30日の母千代子宛の手紙
解読結果は以下の通り。
注)■■は芳一の知己で東京在住の方。
康男や三郎が上京した際にお世話になった。
***********************
前略 お手紙拝見致しました。休暇
も近づき喜んで居ます。康男兄さんも
又廣島に帰られた相で対面出来ると
思いこれ又喜んでゐます。今日(三十日)
は雨天ですが外出して■■様の所にお
邪魔してこの手紙も書いて居ます。
明三十一日は遊泳演習ノ準備。一日より
沼津海岸に行きます。私は皆が下
手なのかしれませんが最上級の班に入れら
れました。沼津には一日より八日迄居て
八日に帰校。九日一日学校に居て十日の
十二時二十四分発の特別仕立の列車
で帰郷する事になってゐます。予定では福
山には停車せず糸崎に翌十一日の午前
九時頃に着く予定です。ですから家につ
くのは福塩線で十二時頃と思いますが
今年は非常に対して背嚢等を持ち帰
ることになりましたから出来得れば駅まで
誰か来て頂けば幸甚ですが。
休暇は大体二週間の予定です。
では敬兄さん、芳子によろしくお傳
え願います。
***********************
29日の葉書は単に帰省の予定を伝えたものであるが、30日の手紙は26日に届いた母からの手紙(2020年4月19日投稿)への返信となっており、いつもお世話になっている父の友人宅へお邪魔してゆっくりと手紙を認めている。
戦況悪化に伴い鉄道の運行本数もかなり削減されている中で「特別仕立の列車」が出されるほど優遇されていたことには少々驚いたが、将校不足にあえぐ軍部の彼らに対する期待の大きさを示すものであったかも知れない。
さて、陸軍予科士官学校での遊泳演習をググっていたところ「昭和19年10月制作」の「将校生徒の手記 陸軍予科士官学校」と云う動画を見つけたのでリンクしておく。
多分にプロパガンダ的な動画ではあるが将に三郎在校当時の学校の様子であり興味深いものがあるので是非ご覧頂きたい。
https://www.youtube.com/watch?v=LBZTZts4Zvk