小生から見ると芳一・千代子は祖父母にあたるのだが、遺品を漁っていると結構古い写真などが出てくるもので、今回のものはその芳一・千代子から見て父・祖父母にあたる人々の写真である。
写真と共に芳一が昭和13年に取得したと思われる戸籍抄本が保管されていたのでそれと照らし合わせてみた。
小生から見れば曽(ひい)祖父・高(ひいひい)祖父母にあたり、120年以上も昔の「ご先祖様」を拝むことが出来るとは思っていなかったので少々興奮気味である。
戸籍で確認したところ高祖父母(和七・キク夫妻)はともにそこそこ長命で、和七は大正十三年に72歳で、キクは昭和12年に77歳で没している。
しかしその息子(曽祖父)の常一は(この写真が明治30年のものだとすると)翌31年に結婚し33年に長女千代子を儲け翌34年に23歳の若さで他界している。(何故亡くなったのか詳細は不明)
千代子にすれば物心がついた時には既に父親は居なかったわけである。
いや、それどころかもう数年彼の死期が早ければ千代子は生まれておらずその末裔たる小生など将に「影も形もなかった」のである。
明治29年生まれの芳一は当時1歳くらいであった。
その後大正10年29歳の時に千代子と結婚し同時に一人息子を亡くし跡継ぎのいない和七・キク夫妻と養子縁組をしている。
ただし、その年の8月に長男康男が生まれているので「できちゃった婚」のにおいが…
因みに康男も常一と同じ23歳で戦死している…