昭和19年10月29日 三郎から芳一への手紙 仕送りへの感謝と外出予定の連絡

 

今回は三郎が芳一に宛てた葉書。
芳一の知己宅にお邪魔した10/29(日)に書いたと思われるのだが、なぜか消印は11月(何日かは判別できず)になっているので恐らく帰校後に書き翌日以降に投函したものと思われる。

 

昭和19年10月29日 三郎から芳一への手紙(宛名面)
昭和19年10月29日 三郎から芳一への手紙

解読結果は以下の通り。
注)■■は芳一の知己で東京在住の方。
康男や三郎が上京した際にお世話になった。

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拝復 御手紙有難く拝見仕りました。本廿九
日無事外出して帰って参りました。ご配慮の
品々一々味わいました。有難うございました。本日は
■■様は丁度御留守で故郷の方へ行かれて
居られ正午頃十日間の旅行を終えて帰
っ(て)来られました。そして種々お土産を頂き
満足して帰って参りました。厚く御礼申し上
げて下さい。次は十一月三日と十一月十二日と
です。以後は今の所不明です。では又。
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前回の投稿もそうであったが今回の葉書もこの前に届いている筈の芳一からの(恐らく小包と一緒に届いたと思われる)手紙が小生の手元には残っていない。
ただ単に紛失しただけなのか或いは何かの事情があったのかは不明であるが、丁度この時期に長男康男(海軍船舶司令部暁部隊所属)の激戦地フィリピン出征が決定したことで家族全体に激震が走っており、その動揺が影響したのではないかと考えている。

次回以降の外出予定を「次は十一月三日と十一月十二日とです」と伝えているが、現在11/3は憲法記念日でありこれは1948年に制定された祝日であるから「それ以前は?」とググってみたところ戦前は明治天皇の誕生日に因み「明治節」と云う祝日であった。

今回の葉書は内容的には多くなくチョット物足りないので最近出てきた康男が撮ったと思われる軍隊訓練時の写真をアップしておく。

訓練の合間に①
訓練の合間に②
訓練の合間に③
訓練の合間に④

皆さん良いお顔をしていらっしゃる…

 

投稿者: masahiro

1959(昭和34)年生まれ。令和元年に還暦を迎える。 終活の手始めに祖父の遺品の中にあった手紙・葉書の”解読”を開始。 戦前~戦後を生きた人たちの”生”の声を感じることが、正しい(当時の)歴史認識に必要だと痛感しブログを開設。 現代人には”解読”しづらい文書を読み解く特殊能力を身に着けながら、当時の時代背景とその大波の中で翻弄される人々が”何を考え何を感じていた”のかを追体験できる内容にしたい。 私達の爲に命を懸けて生き戦って下さった先達を、間違った嘘の歴史でこれ以上愚弄されないように…。

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