昭和19年5月25日 加治写真館さんからの返信 三郎の写真紛失??

 

今回の投稿はちょっと変わった内容である。

三郎が麻布の写真館で撮影した写真が届かず、葉書でその旨を写真館側へ連絡した事への返信である。

昭和19年5月25日 加治写真館さんからの葉書①
昭和19年5月25日 加治写真館さんからの葉書②

解読結果は以下の通り。

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拝復 昨日お端書届どきましてびっくり
致しました。お写真着きません由、おくれ
ましたが五月十三日に発送致して着きました
ものと思って居ました。もう一度おしらべ下さい
まして、有りませんでしたら、お面倒様
でもお一報願います。早速おつくり
してお送り申上げます。
何かとお手数かけまして申し訳有
りません。            敬具
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今日でも配達物の紛失は当然あるのだが、「追跡システム」などと云ったハイテクなど存在しない当時は紛失や誤配の確率は高かったのではないかと思う。(明確なエビデンスがないので個人的な感想として述べるにとどめる)
スマホやデジカメの無い当時の「写真の紛失」は今日のそれとは比較にならない程の「事件」であった筈であり、況や家族や友人から「早く送れ」と催促されていたであろう三郎にとっては「一大事」である。

しかしこの件に関する葉書はこれ一枚だけなので、この後の顛末は判らない。
見つかったのか、再度現像してもらったのか…
そしてこの時撮ったであろう三郎の「晴れの写真」も残念ながら小生の手許にはないのである。

それにしても「麻布の写真館」とは何ともハイソな感じであるが、実は康男や三郎がお世話になっていた芳一の知己のお宅が麻布にあったので自然と近くの写真館になったと思われる。

因みにググってみたところ加治写真館さんのあった「霞町電停前」は現在の六本木通りと外苑西通りの交差する西麻布交差点辺りなのだが、ストリートビューで見ると首都高高架下の駐車場にベントレーやロールスロイスが何台も停めてあるとんでもない場所のようである。

加治写真館さんのその後も少々気になるところではある…

投稿者: masahiro

1959(昭和34)年生まれ。令和元年に還暦を迎える。 終活の手始めに祖父の遺品の中にあった手紙・葉書の”解読”を開始。 戦前~戦後を生きた人たちの”生”の声を感じることが、正しい(当時の)歴史認識に必要だと痛感しブログを開設。 現代人には”解読”しづらい文書を読み解く特殊能力を身に着けながら、当時の時代背景とその大波の中で翻弄される人々が”何を考え何を感じていた”のかを追体験できる内容にしたい。 私達の爲に命を懸けて生き戦って下さった先達を、間違った嘘の歴史でこれ以上愚弄されないように…。

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