昭和19年3月22・28日 三次中学同級生から三郎への葉書

今回は少し間が空いて届いた同級生からの葉書2通を紹介する。

前年の内に陸軍予科士官学校への入学が決まっていた三郎は特別で、通常はこの時期が入学進学で大変な時期であり、なかなか返事が書けなかったのであろう。

まずは、Kさんの葉書から。

昭和19年3月22日 同級生Kさんから三郎への葉書

特に難読部分は無かった。
解読結果は以下の通り。

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拝啓 君も入校後元気の事と思う。
僕も近頃一心不乱だ。陸士の五月、海
兵の七月、と受験の期も近づくし、とても
忙しいよ。どうか君の手紙の返事を長らく
出さなかった事もゆるしてくれ。
今年の四年の高校パス生はないらしい。
而し、軍隊方面の受験者ハ精鋭ばかりだよ。
君達の後をつくぞ。どうか我々四年生
に期待して君達も大いに努力して呉れ。
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続いてTさんの葉書から。

昭和19年3月28日 同級生Tさんから三郎への葉書

解読結果は以下の通り。

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三原君、無事御入隊を御祝
福申上げます。益々無事
精励の事と存じます。皇国の
ためしっかりやって下さい。
こちら益々無事勤労にも
挺身しています。
四年生も一同五年となり、専門学校
へも少々ね。斉木等の数君が合格し
ました。明日は湯浅、立石両君が
甲飛に出発します。
貴君らに続いて振武台へも是非
お送りしたく努力します。
御大事に
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最初のKさんは、この後も軍関連学校への受験があり相当忙しい様子である。
以前投稿した別の同級生の情報では陸・海とも5月下旬以降の学科試験とあったが、ここのは(4月)5日、7日とあり、多分身体検査なのではないかと思う。

Tさんのは絵はがきで、片面の下半分に小さな字で書かれており、クセ字であることも手伝って非常に読み辛かったが、他の同級生の情報など確認しながら何とか読み切れた。

「甲飛」とは「海軍飛行予科練習生」いわゆる「予科練」の生徒種別で、中学4年程度の学力のある者が受験したものを云う。因みに、高等小学校卒業程度の学力のある者のなかから特に優秀と認められた者を選抜したものは乙種,下士官のなかから選抜したものを丙種と云い、甲・乙・丙の三種あった。

同級生の2名が予科練へ出発とあるが、この頃から予科練では航空機搭乗員を大量に育成するのだが、終戦近くには「特攻隊員」の養成も行っている。
三郎の同級生が終戦まで生き延びられたか否かは不明である。

 

投稿者: masahiro

1959(昭和34)年生まれ。令和元年に還暦を迎える。 終活の手始めに祖父の遺品の中にあった手紙・葉書の”解読”を開始。 戦前~戦後を生きた人たちの”生”の声を感じることが、正しい(当時の)歴史認識に必要だと痛感しブログを開設。 現代人には”解読”しづらい文書を読み解く特殊能力を身に着けながら、当時の時代背景とその大波の中で翻弄される人々が”何を考え何を感じていた”のかを追体験できる内容にしたい。 私達の爲に命を懸けて生き戦って下さった先達を、間違った嘘の歴史でこれ以上愚弄されないように…。

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