昭和19年5月30日 お待ち兼ねの寫眞が出来ました… 三郎から父芳一への手紙

 

前々回の投稿で麻布の写真館で撮影した三郎の写真が届いていない状況の投稿をしたが、今回はその写真が無事届き父芳一へ発送した際の手紙の投稿である。

実際には”紛失”であったのか”誤配送”であったのか定かではないが、加治写真館さんからの手紙が5月25日のものであり今回の手紙が5月30日と数日しか経過していない事から”誤配或いは遅配”であったと思われる。

昭和19年5月30日 三郎から芳一への手紙

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お待ち兼ねの写真が出来ましたからお送
り致します。
其後元気でお勤めの事と思います。
私も其後元気で暮して居ます。
敬兄さんは其後お変りありませんか。大分
食欲も進まれる様になられたとの事、安心
致しました。
畠の野菜は生長しましたか。銀行の裏の豆
は大きくなりましたか。
芳子に宜しく伝えて下さい。体をこわさぬ様作業
する様に。           では又
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同封されていた東京麻布の写真館で撮影されたその写真は小生の手許には残っておらず三郎の雄姿をご紹介できないのは大変残念である。

だからと云うと大変失礼であるが、康男、三郎の友人と思われる方々の雄姿が何枚かあったのでそちらを投稿させて頂く。

雄姿①
雄姿②
雄姿③
雄姿④
雄姿⑤
雄姿⑥

因みに今日12月8日は開戦の日である。
様々な考え方や見解はあるとは思うが、国家滅亡の危機に瀕して勇敢に戦って下さった先人に心より感謝したい…

 

投稿者: masahiro

1959(昭和34)年生まれ。令和元年に還暦を迎える。 終活の手始めに祖父の遺品の中にあった手紙・葉書の”解読”を開始。 戦前~戦後を生きた人たちの”生”の声を感じることが、正しい(当時の)歴史認識に必要だと痛感しブログを開設。 現代人には”解読”しづらい文書を読み解く特殊能力を身に着けながら、当時の時代背景とその大波の中で翻弄される人々が”何を考え何を感じていた”のかを追体験できる内容にしたい。 私達の爲に命を懸けて生き戦って下さった先達を、間違った嘘の歴史でこれ以上愚弄されないように…。

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