昭和19年5月10日 康男から三郎への葉書 龍顔?佳節?寿ぐ?

 

 

久し振りに長男康男の葉書である。

先日三郎が実家に送った手紙の内容と写真が康男の手許に届いた様で、その辺りが話題になっている。

昭和19年5月10日 康男から三郎への葉書

解読結果は以下の通り。

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そろそろ暑さを覚ゆる時候となった
が、其後元気でやっているか。先日家の方
から写真が届いた。制服がなかなか似合う。
外出して撮った分も早く見たいものだ。
天長節観兵式には参列、龍顔を拝
する光栄に浴したそうだが、兄さんはニュースで
盛儀を偲んだ。兄さんは船上で佳節を寿いだ。
だんだん暑くなる、伝染病に罹らぬ様厳
重に注意する事。事項柄、特に精神の緊張を緩め
ない様に頑張れ。 では又。
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「龍顔」、「佳節」、「寿ぐ」と現代ではあまり使わない様な語彙を使っている。
それほど、天長節観兵式で三郎が大元帥閣下(天皇陛下)を至近距離で拝顔したことは三原家にとって”大事件”であったのであろう。
もちろん康男も羨ましく思ったに違いない。

因みに
・龍顔:天子の顔
・佳節:めでたい日。祝日
・寿ぐ:言葉で祝福する。祝いの言葉を述べて、幸運を祈る。「言祝ぐ」とも

伝染病に注意せよとの忠告がある。
当時の伝染病と云えば「結核」のことである。当時はある意味「国民病」であった。
しかし(小生も詳細は聞いておらず正確ではないが)おそらく千代子も敬も結核だったようで、その辺りの事情も康男は心配していたのであろう…

 

投稿者: masahiro

1959(昭和34)年生まれ。令和元年に還暦を迎える。 終活の手始めに祖父の遺品の中にあった手紙・葉書の”解読”を開始。 戦前~戦後を生きた人たちの”生”の声を感じることが、正しい(当時の)歴史認識に必要だと痛感しブログを開設。 現代人には”解読”しづらい文書を読み解く特殊能力を身に着けながら、当時の時代背景とその大波の中で翻弄される人々が”何を考え何を感じていた”のかを追体験できる内容にしたい。 私達の爲に命を懸けて生き戦って下さった先達を、間違った嘘の歴史でこれ以上愚弄されないように…。

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