今回は三郎が在学していた三次中学校の校長先生からの激励の葉書である。
陸軍予科士官学校に入校し既に三次中学への退学届も提出されており、三郎からのお礼の手紙への返信と思われる。
現代では見慣れない文言があったり、文末の文字がちょっと不明瞭であったりで数ヶ所不明な部分があった。
解読結果は以下の通り。
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拝復 御葉書有難く拝誦仕り
無事御入学聞に御目出度く有り
皇国の存亡振古未だ曽て今日の如く危急
なるはなき大難局に於て名誉ある皇国
軍人としての御修学飽くまで御自重
御奮励願上げ
三中必ず尊き歴史に背かざる向上期し
居り行つる後輩の爲めにも御精励願いて
御身体特に御大切の程祈り益
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あまり聞きなれない文言は
・拝誦:謹んで読むこと。謙譲語?
・振古:大昔のこと
よく解らなかった文言は最後から2行目の”居り行つる”が自信がない。
この校長先生、どうも文末の文字が読み辛く”り、る、て”の判別が難しい。あと最後の”益”は当て字だと思う。サインの色紙ぐらいでしか眼にしないと思うが…。
教え子である生徒に対して”拝誦”とへりくだった言い方をしている。これが当時当たり前のこと(軍人>文民)だったのか、それとも”検閲”等に配慮しての事なのかは解らないが、不自然な感じがする部分である。
また、軍人でないのに”皇国の存亡振古未だ曽て今日の如く危急なるはなき大難局”と戦局が芳しくない表現をしており、一般庶民の間にもかなり危うい状況が広く認知されていた証拠であろう。この2年程前のミッドウェー海戦での敗北から形勢は逆転し、当時は”決戦準備”が検討されている状況であった。
当時、教え子が陸軍予科士官学校に入学することは(表向きは)教師としての栄誉だったのであろうが、”御自重”、”御身体特に御大切の程祈り”等、教え子たちを戦地に送らなければならない教育者の苦悩も感じられる文章である。