三郎の振武台日記 vol.9

 

 

今回は三月五日の日記から。

入校後初めての日曜日。のんびりできたからだろうか、字が丁寧で読み易い。

 

昭和19年3月5日 三郎の日記

解読結果は以下の通り。

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三月五日 日  雪一日中
本日は日曜日だ。何となく嬉しい。起床
後直ちに床をとるのもうれしい。外は
銀世界だ。雪だ。少し驚いた。三次の
事を思い出した。皆とコタツ…等と話した。
日朝点呼後は今日はどんなことをしても
よいとの事。午前、午後とも寝台に入
って休養をとった。来週へのエネルギー
の蓄積だ。ここに一つ将校生徒らしく
ない事を一つ行った。晝食時、飯を餘
計食った(菜が無く飯だけで)お蔭
でお腹が少し変だった。こんなことは
今後絶対やるまい。父も食物と運
動に気を付けるべしと。岡部先生も
云われた。二年生の人は外出された。
俺達も早く外出したいものだ。明日は
入校式だ。それから三月九日の東京行
がまちどおしい。
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先日投稿した内容の中に、入校式の様子を写真入りで紹介させて頂いたが、その時点では今回の日記に気付いていなかったので、雪がいつ降ったのかわからなかったのだが、これがたまたま前日に降ったものだと分かった。

昭和19年3月6日 陸軍予科士官学校第六十期生徒入校式 前日に積もった雪が残る中で

三郎の生地の三次は広島県の中では結構雪の降る地域であり懐かしく思ったであろう。

先日の日記で”腹がへってしょうがない”旨書いていたが、この日は上級生が外出したりした関係でご飯が余っていたのか、昼食時腹いっぱい食べた様だが結果的には”腹八分”が重要であることを再認識させられたらしい。

食事で思い出した話をひとつ。
小生が小学生の頃は毎年年始参りで、母(芳子)に連れられて三郎伯父さんのお宅へお邪魔していたのだが、お節料理を皆で頂いていた時に三郎伯父さんが
”軍隊(陸軍予科士官学校)じゃぁのう、食事中に突然「右腕負傷!」と号令がかかるんじゃ。そしたら全員左手だけで食べるんじゃ。また暫くしたら「両腕負傷!」と号令がかかって全員が後ろ手を組んで口だけで食べにゃいけんのんで。マサヒロ(小生の名前)もやってみるか?”と云って大笑いをしたことがあった。
戦時中の辛い経験だったと思うのだが、あの時の伯父さんの笑い声はどちらかと云うと懐かしむ気持ちの方が強かったのではないかなぁ…と思い出す。

折角の日曜日ではあるが、新入り生徒達には外出許可は出ず、終日寝床にいた様である。しかしながら、外出してゆく上級生を羨ましく思いながらも疲れた身体を休められることを喜んでいる様でもある。

投稿者: masahiro

1959(昭和34)年生まれ。令和元年に還暦を迎える。 終活の手始めに祖父の遺品の中にあった手紙・葉書の”解読”を開始。 戦前~戦後を生きた人たちの”生”の声を感じることが、正しい(当時の)歴史認識に必要だと痛感しブログを開設。 現代人には”解読”しづらい文書を読み解く特殊能力を身に着けながら、当時の時代背景とその大波の中で翻弄される人々が”何を考え何を感じていた”のかを追体験できる内容にしたい。 私達の爲に命を懸けて生き戦って下さった先達を、間違った嘘の歴史でこれ以上愚弄されないように…。

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